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行方不明: 介護する側とされる側

振り返りエッセイ: 母のこと

テレビ番組で、認知症のお年寄りの行方不明者が増えているという話題がありました。 外出をしたい お年寄りと 介護を する家族の苦悩をどう支援するか という問題です。

物忘れが増える

母は脳梗塞で倒れた後、後遺症は出ませんでした。しかし、父が亡くなった後、一人暮らしを始めた頃から、日常の生活に支障が出るほど、物忘れが多くなっていったようです。実家を離れていた私が、趣味サ-クルのメンバーからの電話を受けたのはその頃です。講師をしていた母が、サ-クルの曜日に来ない、頻繁に遅れてくるというものでした。後日、母と親しくしていた友人から、同居したほうがいいと助言を受けました。

私は、家族と一緒に実家に戻り、母と同居することになりました。しばらくして、二階のリフォーム工事をおこなうため、私たち家族は、すぐ近くに家を借りて住むことになりました。夕食は、毎日母を呼んで一緒に食べました。

母がいなくなった

ある日、夕食が終わると、何か用事を思い出したのか、送るというのを振り切って、帰ると言って一人で外に出て行ってしまいました。自宅に着いたかどうか連絡をしてみると、電話に出ないのです。慌てて母のところに行ってみると、まだ戻っていませんでした。

心配になって、子どもをベビーカーに乗せて近所を探し回りました。辺りが暗くなっても見つからず、交番にも連絡しました。2~3時間たったでしょうか。どこを探しても母の姿はないので 家に戻りました。すると、母がニッコリして、少し恥ずかしそうに戻ってきたのです。こちらは、本当に血の気が引く思いで歩き回ったのに。家に帰る途中で道に迷い、タクシーを拾って戻ってきたというのです。

まだ物忘れが頻繁に起こったものの、その頃は自分の住所を覚えていたことや、 タクシーで戻るという判断ができていたのが幸運でした。

留守中に買い物に出て行く

私が仕事から帰るよりも早く、デイサービスから戻ると、 母は買い物に出かけることがたびたびありました。 私が帰った時、母がいなくて心配になることもよく起こりました。

母にすれば、夕方買い物に出るというのは、長年の習慣でした。止めることもできず、仕方ありませんでした。もともと、姑と一緒に暮らす生活を強いられていた母は、外出することも多く、社交的な人でした。

もう電車やバスで遠くまで行くことはありませんでした。いつでも自由に外出したいという母の思いも受けとめなければなりませんでした。しかし、私は、母が外出するたびに、心配と不安でストレスを溜めてしまいました。

家族の理解とサポートがあったからこそ、乗り切ることができましたが、やはり介護者1人では、負担をすべて抱えることはできません。

地域の支援サービスの取り組み

番組では、地域ぐるみの支援サービスで介護される側の意向をくみながら、介護する側の支援を考えていく 取り組みが紹介されていました。自分の親だからこそ、辛い思いをさせたくないわけですが、親をめぐって次々起こる問題を抱え込むことになるのは、 介護者の自滅を生んでしまいます。

地域の支援とともに、介護者もサービスを利用して、少しでも負担を軽減することが必要です。

介護する側も、いずれ介護される側になっていきます。両者にとって、良い方向に進んでいく社会になってほしいものです。

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