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父母をめぐる妹との関係

振り返りエッセイ: 妹のこと

結婚後、お互いの環境は変わったものの、妹の子どもたちと私の娘の年齢が近いこともあり、家族ぐるみで行き来がありました。

妹のところに家族で泊まりがけで遊びに行ったり、妹の子どもたちを引き取って、遊びに連れて行ったりしました。

疎遠になったきっかけ

そんな妹と疎遠になったのは、父が入院したことがきっかけです。

その頃、私たち家族は海外にいました。その間、妹との連絡は手紙等で行っており、良好でした。

父の入院時

父が突然入院したと連絡を受けたときも、私が帰国するまで、全面的に妹に任せているつもりでした。

しかし、帰国してみると、年老いた母が、すべてのことを背負っていたのです。

父のきょうだいたちが集まったときも、妹は、顔を出した程度で、残してきた子供たちのことで戻らなければならないと言って、帰って行ってしまいました。

お嫁に行った身であり、実家のことに対しては、自由に行かない部分もあったのかもしれません。

でも、その時は、私自身も幼い娘を夫に預け、離れて来ていたので、妹の行動には納得が行きませんでした。

父の亡くなった後

父が亡くなった当日も、看取ったのは私ひとり。母も妹も、その場にはいませんでした。

その後のお葬式、死後の様々な手続きも、母と私とで処理しました。

母の介護をめぐって

母と同居するようになってからも、負担を背負う役目は、私と私の家族でした。

妹は、子どもたちを連れて、旅行のついでに立ち寄る程度でした。そして、年に1~2度贈り物をしてきました。それだけです。

一度、妹が突然、母に連絡をよこし、その出迎えに出た母が家に戻れなくなって探し回ったことがあります。

それ以来、妹の訪問や贈り物を受け入れることをやめました。

私のほうは、仕事もあり、子育ても重なって、母も目が離せない状況に陥り、大変でした。

妹のところに母を預けることも話し合いました。しかし、環境を変えることは、母にとって事態を悪化させることにもなりかねませんし、そう簡単にできることではありませんでした。

妹の自由な生活

子育てを終えた妹は、時間的にも金銭的にも、余裕のある生活をしていました。

旅行好きで、友だちと海外旅行に出かけることも多かったようです。

その頃には、私も妹も、それぞれの生活を送り、接触もなくなりました。

妹との最後の会話

そんな妹が、食道がんでいつ亡くなってもおかしくないと連絡を受けたのは、何年も経ってからのことです。

変わり果てた姿に、驚きました。妹は、私の顔を見るなり、涙を流して「おねえちゃん、ごめんね」と誤りました。私に母の介護を任せて、妹自身は、好きなように過ごしていたという思いからだったかもしれません。

妹は、私に、いろいろ募る話があったようです。思うように言葉にならないのが、もどかしそうでした。

何年も会わずにいたのに、時間の空白を感じませんでした。こんな状態になる前に、もっと早く知らせてほしかった。

1週間後、亡くなったという知らせを受けました。

あの時、妹と会った瞬間から、何年ものわだかまりは消えていました。また、以前の仲の良い姉妹に戻るはずでした。

話しきれませんでした。もっと時間が必要でした。

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