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自宅療養と看取りの可能性

振り返りエッセイ: 父母のこと

自宅での看取り

長年、多くの看取りにかかわってきた東郷清児医師は「自宅で逝くということは、最後まで自分が主人公として人生を生き抜くこと」とその意義を強調しています。

人生の終盤で大きな決断をしなければなりませんが、それは、「病院や施設で最後を迎えるか、それとも、慣れ親しんだ家で最後を迎えるか」だといいます。

8割近くは、前者の選択をしていますが、東郷医師は、 「『最後は家で』こそ、理想的な逝き方だ」と断言しています。

病院の医師は、病気を治療することに専念する一方、在宅医は、「どうすれば最期の時まで人間らしさを保って生きてもらうことができるか」という人生観に着目するのだそうです。

解決できるものとできないもの

同じく、長年ホスピス医として看取りの現場を見てきた小澤竹俊医師は、「自分自身や自分の人生を否定する患者さんが多く、よく耳にするのは、『迷惑をかけたくない』ということばなのだとそうです。

こうしたいと思っても、できないことは受け入れて行くべきですが、解決できること、変えられることに対しては、自分はどうしたいかを考えて、決断する勇気が必要だと強調します。

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治療方法等について医師ともっと話し合うべきだった

父の入院については、多くの後悔が残っています。

入院当初、母がひとりで対応していたので、状況をつかむまでに時間がかかりました。父の夜間の状況をもっと知るべきでしたし、医師や看護師と話す機会を設けるべきでした。

介護を学ぶべきだった

介護の知識や経験があれば、最後は点滴だけになっている父を、自宅に戻して介護することができたのではないかと考えます。簡単なことではなかったかもしれませんが、あの状況で、最期は、好きなように心地よく過ごしてもらうことができたのではないか、それが一番の後悔です。

あの段階で、輸血に同意し、苦しませてしまう結果になりました。

地域介護支援の助けを求めるべきだった

自宅での介護は、初めから無理という気持ちがありました。

様々な条件が整わなければ難しく、大抵の場合、病院で最期の看取りが行われている現状があるのは確かです。

ただ、自宅療養が不可能とは言えなかったかもしれないのです。

自宅療養について、地域介護支援, 地域医療等、情報を得たり、助けを求めたりすることもできたのかもしれません。

母の看取りに活かせた

父が亡くなった後、 母には絶対同じような苦しい思いはさせたくないという気持ちがありました。

父のことについて、様々な後悔が残りましたが 、それを学びとし、母の最期は穏やかに逝ってもらいたいと願いました。

入院してそのままかと思われましたが、ずっと慣れ親しんだ施設に戻ることができ、静かに息を引き取りました。

前日まで、テレビを見てスタッフさんたちと一緒に笑っていたそうです。

老衰で、苦しむことなく自然に亡くなったので、最期はよかったと思っています。

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