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施設で生活したくないと泣く親を慰める子ども

振り返りエッセイ: 母のこと

母親のボロ泣きの姿

今日見た記事に、老人ホームに入れられた母親が、家に帰りたいとボロ泣きしている記事を見ました。

老人ホーム入居の80代の母「家に帰りたい」とテレビ電話でボロ泣きも、60代息子は慰めることしかできず…無念(THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン)) - Yahoo!ニュース
実家は遠く、帰るのは年に1、2度程度。でもたまに会うくらいが、親子の距離感としては理想的。そう考えている人は多いのではないでしょうか。しかし親が高齢となり、さらに一人暮らしだと、不安は募るばかり。そ

思わず、特別養護老人ホーム入所初日の母の姿が重なりました。

果たして、老人ホームに喜んで入居する高齢者がいるでしょうか 。

本心は、ずっと自宅で過ごしたい、子どもと一緒に同居していたい、そういう思いでしょう。

受け入れるのは、子どもに迷惑がかかるから、 自分で一人暮らしが 難しくなっているのを自覚しているから、 子どもが遠くに住んでいて、介護に手がかかるからなど、 様々な理由があるでしょう。

お母さん、ごめんね…年金10万円・80代の母が「老人ホーム」で亡くなって5年、50代の娘が謝り続けるワケ|資産形成ゴールドオンライン
終の棲家として存在感が高まる「老人ホーム」。その入居に際しては、入居する本人はもちろん、ときに遊びに来るだろう家族も一緒に検討することが必要です。そんな「老人ホーム」への入居に際し、後悔を口にし続ける人も。みていきましょう。

母の老人ホーム入所

私たち家族の場合、遠くに住んでいたこともあり、前々からケアマネージャーと一緒に、施設に申し込みをしていました。新しい特別養護老人ホームが、近くに建設されたことがきっかけで、タイミングよく、母を入れることになりました。

申し込んでいてもなかなか入るのは難しく、入所可能になった時点で、すぐお願いしました。その時には、とても運がよいと思いました。

しかし、その頃の母は要介護2で、 記憶障害があるものの、老人ホームに入るには、まだ軽い認知症の状態でした。

入所してみると、周りはほとんどコミュニケーションが取れない高い齢者ばかりでした。

入居した当日、まだ高齢者もスタッフも数少なく、新しい匂いのする施設は、ガランとしていました。ポツンと母が取り残されたような状態でした。まだまだこのような老人ホームに入るには、早すぎました。本当に寂しそうな母でした。正直、突然、このようなところに連れてこられて、わけがわからないような感じでした。

子どもは安心できるのか

子どもの側からすると、すべての世話を老人ホームに任せられるので、ひと安心でした。時々、面会して顔を見せ、 状況 を確かめる程度となり、 今までの葛藤からようやく解放された安堵感がありました。

しかし、一方では、本当はこんなところに入れておくべきではないという思いに責められました。

ずっとテレビを眺めているだけ、他の人とのコミュニケーションもない、何の変化もない毎日が続くだけの無表情な母でした。

施設で幸せな老後を送れるか

老人ホームを最期の場所とする場合、 「老後は幸せだった」という思いで亡くなることができるでしょうか。子どもは、母親の様子を見て、そう思えるでしょうか。

それまでに、グループホームを見たり、住居型介護施設を見たりしました。それぞれ少しずつ違いはあるものの、やはりそこに住む生活は、変化もなく活気もない印象でした。

手厚く世話をされるため、怪我もなく 安全であることには違いありません。ただ、正直に思ったのは、ここに居続けたら、母は本当に動けなくなる、頭も使わなくなる、カラダも弱くなる、刺激もなく会話もないという危機感でした。

食べて、テレビを見て、 部屋に戻って 昼寝をするだけ。時間になれば食事が出され、カロリー計算のされた食べ物を食べるだけです。定刻に、施設のまわりを散歩し、週数回の入浴介助が行われる。スケジュール通りの毎日です。

落ち度なく、決められたことを決められたとおりに進めていく施設、今までできていたことが、待ったなしでできなくなっていく母。

私の中では、常にもがいている自分がいました。

自分が介護される側になったとき

自分が介護が必要になった時、老人ホームに入居することを受け入れるでしょうか。

今は、絶対嫌だと思っています。最後の最後まで、自立してひとりで生活したいと思います。少しぐらい大変でも、 自宅で過ごしたいのです。

自分らしい生活がしたい、自分の自由な時間が持ちたい、楽しい時間がほしい、そういう気持ちになるからです。死ぬまでそこで生活しなければならなかったら、どんな気持ちでしょうか。

1ヶ月の入院経験ですら、自宅に戻りたくて仕方がありませんでした。至れり尽くせりのクスリづけの生活で、私は、すっかり板についた病人になりました。自分自身が、母の施設生活を実体験している思いでした。

母も、何度も施設に戻るのを拒みました。 一度自宅に連れて来て、一緒の時間を過ごすと、施設に戻りたいとは言いませんでした。なぜ、自分の家にいられないのかと、悲しい顔をしました。

そのうち、だんだんと、どちらが自宅かわからないようになりました。そして、施設を自宅だと思えるようになっていったのです。

 

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