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海外への移動による娘の転校

娘とのかかわり

海外への引っ越し

娘が小学校6年生になったばかりの頃、夫の仕事の関係で、海外に行かなければならなくなりました。

夫が単身で行く選択もあリました。

夫の移動先での生活が整った段階で、私と娘の二人が遅れて行くという選択もありました。

しかし、夫との話し合いで、家族全員で移動することを選びました。

私と幼い娘を残し、遠くに離れて生活することに不安がありました。私の勤務に関しても、今後、辞めることを前提とした状況では、勤務しづらくなるかもしれないという懸念もありました。その土地を離れる時、私一人ですべての引っ越し準備、処分が可能かという心配も重なりました。

それらの事情を考慮し、家族そろって海外移動を決めたのです。

その当時の選択には、娘にとって何が一番いいか、娘の希望することは何かに対する考慮が、完全に抜け落ちていました。

離れて暮らす私の両親も、ショックを受けたと思います。

卒業できずに転校

海外で実際の生活を始めてみて、この選択は大きな後悔につながってしまいました。

娘は、現地の学校に全く馴染めませんでした。生活も習慣も文化も異なる世界に飛び込む事態を、受け入れることができなかったのです。

娘にとっては我慢の連続、悲しい思いしかありませんでした。

しばらくして、学区が違い、かなり距離はありましたが、日本人学校に移すことに決めました。娘と同学年の子どもは在籍しておらず、全校で数十人ほどの小規模校でした。

こちらの学校も、娘にとっては期待通りのものではなく、最初の一週間は泣いていました。

それでも、少しずつ友達もでき、先生方とも親しくなって行きました。6年生ということもあって、責任の伴う役も与えられ、元気に登校するようになりました。

中学校の途中で帰国

2年ほど経った頃、父が倒れ入院しました。

急きょ、私は娘や夫と離れ、帰国することとなりました。父の亡くなった後は、母のこともあり、娘も夫も日本に戻り、実家で生活することになったのです。

移動に関する後悔

娘の学校を第一に考えていたら、私と娘は日本にとどまり、そのまま小学校を卒業し、中学校へ入学できたはずでした。

一番残念なのは、保育園時代から小学校5年生まで一緒だった友達と、卒業式を迎えられなかったことです。文集もアルバムもありません。

長年親しくしていた多くの友だちと別れ、有無を言わせず、海外に連れて行かれた娘の気持ちはどんなだったのでしょう。なぜ、娘の気持ちに少しでも寄り添う決断ができなかったのか。

過ぎてみれば、夫が数年単身で移動することだけで済んだはずだったのです。夫の去った後の自分の大変さしか意識になかったのかもしれません。

一つの選択が、次の運命を作っていく。選択の連続で、人生が方向付けられて行きます。

娘にとって、日本人学校での生活は、決して悪いことだけではなかったと思います。しかし、親の選択で、辛い思いをせざるを得なかった娘に対して、私の心に後悔が残ります。

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