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高齢出産のリスク

息子とのかかわり

子育てに後悔はつきもの?

子育てを終えた母親たちは、多かれ少なかれ、ああすればよかった、こうすればよかった、と子育てを後悔するものだそうです。

子育てを終えた先輩ママが口をそろえて言う「子育ての後悔」
潜在意識インタビュアーkahoのコラム【良い人生は後から】 「良い花は後から」ということわざがあります。先に咲いた花よりも、後に咲いた花の方が美しいという意味を持つこの言葉。人生も同じだと思いませんか? 酸いも甘いも経験した40代頃からのほうが人生の豊かさを感じられるようになります。そんなことを意識しながら生きているk...

私も、自分の子育てを後悔する部分がたくさんあります。

でも、私の場合は、子育て以前の後悔から始まります。

第二子が欲しいと本気で思った40歳は、すでに限界の年齢でした。なかなか妊娠できず、ある医者からは、人工授精を進められました。

しかし、無理にそこまでしようとは考えていませんでした。あきらめるしかないとは思いましたが、決意してもう一つだけ別の医者に行きました。すると、その医者から、あきらめるのは、あと1年待ってみた方がいいと言われました。

その医者の言った通り、父が亡くなった2年後、奇跡が起こったのです。

生まれたのは、男の子です。父の生まれ変わりではないかとさえ思いました。

タイムスリップできたら、いつにもどりたい?

もし、タイムスリップできたら、お腹に息子が存在するようになった時に戻ります。なぜかといえば、出産までの間にこうすればよかったと思うことがたくさんあるからです。

第二子妊娠のとき

第一子の時は、夜中にお医者さんを呼ぶほどつわりがひどく、食べられないのに吐き気が襲い、吐くものがないため、苦しい思いをしました。

仕事中、トイレにかけこむこともありました。

第二子の時は、それと比べるとつわりは 少なく、具合が悪い程度だったと思います。あまり、つわりの記憶がありません。

かけがえのないことはどっち?

体調に気をつけなければという気持ちはありましたが、仕事も忙しく、つわりもひどくなかったので、カラダに無理を強いたのではないかと思います。もっと、自分のカラダをいたわる気持ちが必要でした。

出張にも出かけました。出張を断ることをためらいました。まわりには、妊娠のことを黙っていたからです。

出張先で具合が悪くなって、ホテルで半日休みました。万が一、流産にでもなっていたら、後悔しても仕切れないところでした。

仕事を優先していた愚かさ

休みの取りにくい職場であったことに加え、責任ある仕事を任されているという意識が強かったのです。

今考えると、自分のこだわりがあやまちのもとでした。

常に、仕事を優先して考えてしまっていたこと、まわりからどう思われるか気にしていたことで、自分自身が縛られていました。

自分にとってかけがえのないことが何かという自覚を持つべきでした。

高齢出産について

出産予定は、40歳半ばでした。高齢出産でありながら、第一子以来長い間のブレイク後で、楽しみしかなく、リスクについて自覚がありませんでした。

高齢出産は、母子ともに大きな負担を伴うもので、自分の体調に慎重でなければならないという意識が足りませんでした。

今思えば、安静を保ち、高齢出産についての情報をしっかりと得て、それに対する準備をするべきでした。

体重増加

大好きなコーヒーは、妊娠してからまったく受け付けなくなりました。

コーヒーの代わりに何を飲んでいたか,よく覚えていません。果物ジュース、ミルク、紅茶、緑茶、ソーダウォーターなど、その時々にいろいろなものを飲んでいました。

果物の取り過ぎ

果物が大好きで、季節の美味しい果物を1日に何個も何個も食べました。お菓子やスナック菓子はよくないと思い、果物でお腹をいっぱいにしました。

体重は、どんどん増えていきました。 定期検診では、体重の増え方に気をつけるように言われました。

自分としては、果物で体重が増えているとは思いませんでした。糖分をそれほど取っているとも思えませんでした。 好きなものを好きなように食べていたという感覚です。

本来なら、もっと栄養のバランスを考え、偏りのないきちんとした食事を心がけるべきでした。

定期検診を守るべきだった

定期検診は.前半問題がなかったので、安心していました 。

職場の状況で、自由に休みが取れないプレッシャーを感じていたこともあり、定期検診を休んだことも何回かありました。

特にコンディションが悪いとは感じていませんでした。

だるさとむくみ

妊娠後半になって、だるさを感じました。お腹が目立つようになっても、仕事を続けましたが、休んで横になりたいと感じるようになりました。

仕事から戻るとほとんど寝ている状態でした。第一子の時とは違い 、吐き気がすることはあまりありませんでした。

体調の変化

手足がむくんでいるのではないかと思いました。そのうち、見て、はっきりむくみがわかるようになりました。

お腹の赤ちゃんの 動きが鈍い

お腹の赤ちゃんの動きも、気になっていました。以前は、ピョコピョコ、足で蹴る動きがたくさんあって、やんちゃな赤ちゃんだったのに、その動きが減った気がしていたのです。

妊娠中毒症

定期検診に行ってみると、 蛋白尿が出ており、血圧も高い状態でした。 妊娠中毒症と診断されました。

救急車で運ばれる

医者は慌てて、「このままでは母子ともにダメになる」と、電話で入院できる病院を探し始めました。

近くの病院は開いておらず、車で1時間もかかるところに救急車で運ばれました。

自分では とても不思議でした。命に危険があるという自覚がまったくありませんでした。

痛くてたまらないとか、具合が悪くて我慢できないといった症状がなかったのです。

救急車の中でも、緊急事態で運ばれているという感覚がありませんでした。

このままでは、私もお腹の子どもも死んでしまうということが信じられませんでした。

入院すべきだった

体重が増えていたのはわかっていました。だるいという感覚が続いた時、手足にむくみがあると気づいた時、大きな病院に行って診察を受けるべきでした。

大きな病院に行っていれば、その場で 入院となり、出産までの間、安静にしてカラダの状態を整え、自然分娩ができたのではないかと思います。

突然 、帝王切開をしなければならない 緊急事態は避けられたと思います。

仕事と出産の選択時期

反省するのは、仕事をあくまでも優先し、出産の機会を40歳を超えるまで延ばしてしまったことです。

娘が、「きょうだいが欲しい」と訴えた時に、第二子を本気で考えるべきでした。

運良く無事に出産できましたが、高齢出産は、母子ともにリスクが高いということを知りました。もっと情報を得てしっかり自覚できていたら、 危険な兆候が判断できたはずです。

妊娠中毒症の恐ろしさは、自覚できないことです。知らずにほっておけば手遅れになっていたところでした。

我慢できないほどの状態であれば、病院にかけつけたと思います。その点では、他の病気と違い、定期検診で体調をチェックしていくことが重要ですし、栄養指導のサ-ビスがあるところ、万が一のときに手術や入院ができる病院を選択すべきだったと思います。

高齢出産に伴う影響

高齢出産は、出産時の問題だけではありません。

出産後の赤ちゃん

出産後、二ヶ月間、保育器で育てられました。生まれてきた赤ちゃんは、あまりに小さく、心配しながら病院に通いました。

きょうだいの年齢差

娘と息子の年齢差は、10歳以上あります。いい点もありますが、学校が離れたり、その時の状況で、娘も息子も一人っ子のような状態もありました。

他の母親たちとの年齢差

息子のクラスメートの母親たちとの年齢差が大きく、話が合わないと感じることもありました。息子にとっても、両親の年齢が高いことを感じることもあったかもしれません。

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