ダルビッシュ有(37歳)、日米通算200勝!
米大リーグ・パドレスのダルビッシュ有投手(37)が19日(日本時間20日)、アトランタ、ブレーブス戦で日米通算200勝を達成。
試合後、次の目標は「201勝目」と語リました。
息子3人の子育てを通して
野球で活躍中のダルビッシュ有の母、郁代さんのインタビュー記事を読みました。
3人の息子は、それぞれ性格も異なり、子育ての苦労にも違いがあったと言います。
母親である郁代さんは、息子たちを育てる中で、非常に苦労したようです。
有は、子ども時代のシャイな性格で心配がありました。成人してからは、思ってもいない人生の道をたどることになり、有名人の母親としての苦労があります。
次男の翔は、一緒に死のうと思うほどの問題児。
三男の賢太は、優しく思いやりのある子だったのに、ガンという病気で、郁代さんを苦しめることになりました。
母親とそれぞれの息子とのかかわり。
母親にとって、息子の存在というのは、生きがいでもあり、苦労の種でもあるのでしょうか。
長男の有
今でこそ、野球で大活躍ですが、小さい頃は考えられないほどシャイで、「ハーフ」と言われて仲間に入り込めないようなところがあったそうです。
最近は、日本に外国人も多く、外国人を見かけることは普通のこととなりました。
でも、ちょっと前までは、「外人、外人」と珍しがって指をさすことも多かったのです。
特に、子どもたち同士の間では、結構、残酷で、仲間はずれにされたりすることも、あったんですね。
有は、保育園•小学校と、我慢を強いられていたものの、それを表に出さない子だったのです。
スポーツ万能で勉強もそれなりにできた男の子だったので、母親としては、一般的な道を歩むと思っていたようです。
野球を選択し、しかもアメリカのメジャーで活躍するようになるとは夢にも思っていなかったといいます。
性格的には、人とのコミュニケーションが苦手で、なかなか心を開けないということがあったということです。
そうしたストレスがたまっていた子どもでもあって、母親としては、心配な部分でもありました。
小学校4年生のとき
小学校4年生のとき、有がある男の子をボコボコにしてケガをさせたと、学校から通知を受けたそうです。
相手のお母さんからも電話がありました。すると、ケガをさせた有くんを責めるどころか、「有くんは、かなりフラストレーションを感じてるんじゃないか、有くんの思いを聞いてやってほしい」と言われたそうです。
それからは、そのお母さんが有くんを家に誘ってくれたり、子どもたちに有くんを仲間に入れて仲良くするようにと働きかけてくれたそうです。
郁代さんは、息子に自分の思いを強制することなく、サポートする姿勢をとっていったのだと思います。
一見、優等生の息子を持つ母親であって、うらやましいと思われがちかもしれませんが、決してそれだけではなかったのです。
小学校6年生のとき
野球は小学校2年生のときからやっていて、将来、海外に進学させることも考えていたので、進学塾にも通わせていたそうです。
しかし、だんだんキツくなって行って、両方やめるという出したのだそうです。
1度は、「なんでお父さんのような外国人と結婚したの?」と聞かれたそうです。
中学生になってから
中学校に入ってからは、バレーボールなどのスポーツにも手を出したりしていたそうですが、野球部に誘われて入部しました。
ユニホームや道具一式そろえたのに、2ヶ月でやめると言い出したこともあったといいます。
しかし、卒業までは続けるという約束で入ったこともあって続けてはいたようです。
1年生の終わり頃には才能が開花し始め、2年生にエースとなって活躍することとなったのです。
多くのスカウトがあった中で
中学校3年生の頃には、多くのスカウトがありましたが、その中で東北高校を選び。全寮制で、家を離れることになりました。
郁代さんは、このとき、1度大泣きしたそうです。
シャイの有が、寮に入ってうまくやっていけるのかという不安と、翔を兄貴として制する存在がそばから離れるからです。
次男の翔の悪さには、言葉一つでは言い表せないほどの苦悩を重ねていたのです。
次男の翔
次男の翔は、長男と真逆。やんちゃで手を焼く子どもだったといいます。
ADHDと診断されていた翔の扱いは、本当に苦労の連続だったようです。
中学生のとき初逮捕、高校生になると、悪い友達の仲間入りで少年院に送られるような事態を起こし、郁代さんは、一緒に死のうかとまで考えたそうです。
想像を絶するほどの状態だったのでしょう。同性の兄弟は、競争心も強いでしょうから、いつも兄と比べられる立場だった翔は、自分に対する劣等感や自己嫌悪の先を、どうして良いかわからなかったのかもしれません。
悪い仲間と一緒にいることだけが、自分を安心させ、救う道だったのではないでしょうか。
三男の賢太
三男の賢太は、親子仲良くやっていたといいます。「マミー大好き!」と公の場で言うような子だったそうです。
英雄的な長男と悪さではばたいていた次男とという上ふたりの兄で苦労を重ねる母を尊敬して見ていたのだそうです。
兄たちのことで大変な母に、自分は心配をかけるようなことをしてはいけないというプレッシャーもあったのではないかと郁代さんは思っていたそうです。
ところが突然、賢太はガンを発症してしまいました。、
「あぁ、この子はこういう形で母親を心配させるんだ」と、郁代さんは思ったといいます。
いろいろな個性があり、親は苦労するものだ
三人三様、同じ親から生まれても違うものだなあと思います。これほど違っていても、それぞれ親を悩ませるものですね。
誰ひとりとして、親に楽をさせ、問題一つなく育つということはないということです。
イノリ@思春期双子のママ@inori44twins のツイ-トに納得!
「生まれたときは、どんな子に育てるか考えて育ててたけど、15年経ってわかった。持って生まれた素質って絶対ある。親から受け継いだ身体的な素質はもちろんのこと、同じ育て方しても、現れる反応は子どもによって違う。個性の良し悪しなんてないってわかった。みんな違ってみんないいってこういうこと。」
https://chanto.jp.net/articles/-/1004898?display=bhttps://chanto.jp.net/articles/-/1004899?display=bhttps://chanto.jp.net/articles/-/1004900?display=bhttps://chanto.jp.net/articles/-/1004901?display=bhttps://chanto.jp.net/articles/-/1004902?display=bhttps://chanto.jp.net/articles/-/1004904?display=b
母親として、郁代さんはダルビッシュ有をどう思うか
今や、世界の英雄である有ですが、郁代さんから見ると、子どもの頃のシャイである部分と、様々な経験を通して成長している有を受け止めることができるようです。
私自身のことを振り返ると、保育園・小学校・中学校・高校と、娘にしても息子にしても、学校からよく呼び出しの電話がかかってきました。
子どものことでは、次々と思いがけないことが起こり、苦労が絶えませんでした。
先日の母の日、ダルビッシュ有は、奥さんと母郁代さんに、プレゼントと花を贈ったそうです。
堅実で、向上心を持ち続けるダルビッシュ有に、これからも期待したいですね。